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伝統はたおやかなり |
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天正年間に起源をもつ橋本家は四百年近くの歴史があります。新旧の和風建築が江戸や明治の風情を醸しだし、懐かしさと新しさ、先人の進出の気質、過去に人々が往来したであろう様子が建物のあちらこちらに見てとれます。伝統の面影をしのばせる品々をいらっしゃいましてぜひご覧ください。
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遥か交遊の足跡 |
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十村役(大庄屋)として、また本陣としての格式を持った当家には多くの貴人が立ち寄った。藩主をはじめ、公家、層や文人墨客など多彩な人々を代々の当主が手厚くもてなした。明治天皇ご巡幸の折りのご休憩所の道具類や奥座敷の襖絵を描いた日本画家木村杏園との親交など交遊の足跡がここかしこに・・・
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橋本家由来 |
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由来記によれば、橋本家は「平忠盛」を祖とし、平家の一門であった。曾孫の平安右衛門之尉宗貞が具利伽羅・篠原の合戦で負傷し、武士たることを諦め加州宮腰(金沢市金)に幽棲した。宗貞には二人の子がおり、その一人が動橋に移住し醸造業を営む。三代平四郎の三男重右衛門 が宝暦三年に現在地に分家し酒造業を始める。以来橋本家は代々十村となり大聖寺藩より三人扶持を受け、苗字御免を得る。現在十代目が家督を継ぐ。
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